今年の平均は、一人2万5千円だとか   

2006年 01月 06日

ニンテンドーDSが多くの店舗で品切れ状態に。1月下旬には解消か

 ポータブルゲーム機「ニンテンドーDS」が、多くの店舗で品切れ状態になっている。この件について任天堂は、Webサイトにお詫びを掲載。「弊社の予測を遥かに超える需要が殺到したため」と説明している。

 実際にいくつかの家電量販店を訪ねてみると、すべての店舗で完売。いずれも、入荷日が未定のため予約を受け付けていない状態だ。

 この品不足を解消するため、同社では、輸送を航空便などに変更。生産したニンテンドーDSを少しでも早く店頭に並べられるように取り組んでいる。なお、商品は毎週出荷しており1月下旬には供給量が増えるとしている。

 いまは、子どもたちはお年玉を握りしめて買い物をする時期だ。もちろん、ニンテンドーDSも候補にあるだろう。実際、ゲームコーナーで、ニンテンドーDSが品切れだと知り、ガッカリして帰る子どもを見かけた。しかし、残念ながらこの品不足はしばらく続きそうだ。(RBB TODAY)


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 お年玉を握りしめてゲーム機を買う、このスタイルはまだ続いてるんだねえ。時代と共に機械は入れ替わっているけど。私が子供の頃は、「DS」が「スーファミ」に置き換わっていた。

 平成教育委員会でも言ってましたがw、お年玉は本来、神様に供えた鏡餅を子供に与え、それを「御歳魂」としたのが始まりとされるそうだ。そういえば昔は、神棚に上げたモノを食べると、頭が良くなると親に言われたものである。そんなわけで、餅だの炊き込みご飯だの、あらゆるモノを神棚に上げては、食べていた記憶がある。しかし、結局頭は良くならなかった。


 お年玉の話だが、この年になると自分でバイトもしたりして、なかなか貰うのも申し訳ないものである。 しかも買いたい物もなく、結局アウトレットの千円の福袋を興味半分に買っただけで、
私の「正月特需」は終了を告げてしまった。まあ、就活には何かとお金がかかるようなので、蓄財も悪くないのかも知れない。結局使っちゃいそうだけど

 それにしても、未だに現役なんだなあ、「お年玉→ゲーム」の黄金ルート。最近はパソコンの方が処理能力・データ量共に優り始め、ネットも使ったりして質の良いゲームがパソコンでばかり実現しているだけに、ゲーム機も頑張りどころだろう。

 時々8ビットのファミコンを無性にやりたくなる時がある。
 ゲーム臭いゲームは、あの頃の方が多かった気がする。




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 一昨日の紅白雑感に絡んで、今年の紅白順位付け。
 個人的感覚、思いっ切りの私感です。

★MY BEST
3位…『天城越え』(石川さゆりさん)
世に冠たる自身の名曲を、溢れるほどたっぷりの情感で。聴いていて引き込まれそうになる素晴らしい熱唱だった。
2位…『愛の讃歌』(美川憲一さん)
エディットピアフの原曲、越路吹雪さんの歌も知っているが、今回の「愛の讃歌」は、それらとはまた異質だった。艶っぽい歌声、抜群の歌唱力。初めて紅白で、憲一の衣装が目に入らなかった(w
1位…『川の流れのように』(天童よしみさん)
美空ひばりが唄った名曲を、「天童流」の名曲に仕立て上げたその実力はやはり見事の一言。上手い人が名曲を歌うというのは、やっぱり良いなあと感じた、個人的大トリだった。
次点…山崎まさよしさん、さだまさしさん、AIさん

★MY WORST
3位…『smile again』(松任谷由実さん)
期待が大きかっただけに、今ひとつな歌と歌唱力が反動的にガッカリ。韓国人の歌手の上手さ以外が印象に残らなかった。
2位…『十六夜の月』(w-inds.)
声変わり終わってますから。それ差し引いても聴くに堪えなかった…もっと自分の音域にあった歌を唄おうよ、ルックスいいんだから。
1位…『HEY!』(和田アキ子さん+α)
数年前までならカッコイイステージだっただろうけど、今の衰えたタバコ喉で、こんな曲唄っても…。実力が完全下降線で、CDも今年450枚しか売れてないんだから、厳しいが出てこなくても良いのでは?と思わざるを得なかった。
次点…ゴスペラーズ、渡辺美里さん、伊藤由菜さん

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 スキウタの恩恵だが、上手い歌手+名曲が合わさると、もう自然と引き込まれてしまう。逆に、現代の若手歌手の落ち込みが目立った気がした。結果この紅白で、演歌に魅力を感じ始めた俺ガイル。
 あと、平和のメッセージってのは止めた方が良いかもしれない。さだまさしさんがどこかで仰ってたが、どなたかとの話で「音楽が奏でられる世界というのは、それだけで平和なんだ」という事を聞いて、いたく感動されたそうだ。
 これには私も賛成である。わざわざお祭りムードに重い原爆詩など読まなくても、こうして歌を唄い合っているだけで、今その時の世界は平和なのだ。崩れんとする平和への対策は、また違う機会に考えればいい。なにもこのめでたい雰囲気の中で、わざわざ持ち出す意味が本当にあったのか、その必要性に疑問を感じざるを得ない。考えるべきであることだが、考えるべき時間だったかな?
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# by taoyao | 2006-01-06 17:27

紅白雑感   

2006年 01月 04日

お正月休みも終わって、今日から更新再開^^


 紅白の視聴率が発表された。42.9%、という数字を高いと見るか低いと見るかは人によるところだが、あらゆる娯楽の成立した時代にあって、また対抗手一番手の格闘技2番組がともに15%前後ということを考えると、この数字は十分健闘といえるのではないかと思う。
 
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 *紅白の功罪*

 今日はベタに、紅白の感想をつらつらと。
 「変えよう」という意識を全面に出していたが、それは功罪両面に働いたと言えるだろう。功の方は、スキウタ。きっちり反映されないなどツメの甘いところもあったが、美川憲一さんの『愛の讃歌』天童よしみさんの『川の流れのように』といった、実力者が唄う往年の名曲は鳥肌モノだった。


 対して罪の方は沢山ある。中でも一番はやはり無用な装飾に走ったことだろう。歌手の最高の名誉であり、最高峰の舞台であるこの祭典に、面白くもない若手芸人を起用してまで盛り上げる必要性がどこにあるだろう。

 また、司会者の人選にも疑問が残る。紅白の司会者は、最低限の紹介だけで一歩引いた位置から歌手を引き立てる黒子役が求められる。みののおっちゃんみたいな、前に出よう出ようとする人は適当ではない。

 そしてこの二つの"罪"のせいで次々と時間が押していき、紹介さえされなかったポルノグラフィティや、余韻もへったくれもなくサブちゃんの演歌のイントロを入れられた中島美嘉さんのような「被害者」が発生した。またWaTのマイクスタンドの一件や、天童さんの時スタッフの話し声が入るなど、随所にNHKらしからぬ「ミス」が頻発したのも、そういった余計な演出部分に気をとられたが故だろう。

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 *今後の紅白に求められるモノ*

 所感だが、本来紅白歌合戦は、エンターテイメント性ではなく、純粋な歌手の実力勝負としての舞台ではないだろうか。関係のないお笑い芸人は勿論のこと、w-inds.のような歌手として決定的に実力の劣る人、或いは和田アキ子のように、実績があっても実力が落ち目で、結果CDも売れなくなっているような歌手は、どんどん容赦なく切り捨てるべきである。
 またその意味からも、もっと歌の「余韻」を大切にして欲しい。素晴らしい歌を聴いたかと思ったら、すぐに次の紹介…。これでは興ざめも甚だしい。しかもそれが、無くても良いようなお笑いの紹介と来れば、学芸会との揶揄もむべなるかなである。
 次の曲のための準備時間が必要ならば、次の歌手の紹介ではなく、前の曲の余韻を楽しむ時間をとり、そこで行うべきだ。例えばアナを一人審査員席に常駐させ、一曲一曲に感想を聞くのも悪くないのではないか。博打な方法ではあるが、番組中終始置物と化しているスポーツ選手などは呼ばず、文化人や風流人で審査員席を固めれば、質の良い感想も聞けるだろう。

 視聴率を気にする必要はない。視聴者に媚びたような民放的番組はNHKには不要だ。最高峰歌謡祭としての立場の復権に努めれば、自然と視聴者はついてくる。歌番組として基本に立ち返り、その時の日本の最高峰の歌が聴ける番組であって欲しいと望む。
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# by taoyao | 2006-01-04 04:42

  

2006年 01月 01日

今年も残り365日となりました。
短い間ですが色々頑張りましょう。

8時59分60秒が存在 「うるう秒」

地球の自転速度と時刻とのずれを調整するため、1日を1秒間長くする「うるう秒」が2006年元旦に挿入される。世界で一斉に実施される措置で、日本では1月1日の午前8時59分59秒の後に、普段はない同60秒を挿入する。
 うるう秒は1972年から始まり、今回は7年ぶり23回目となる。
 世界共通の標準時刻は(協定世界時)は1958年から、セシウム原子の振動数から時間を測る原子時計を基に決めている。地球の自転との間でずれが生じるのは、自転速度が徐々に遅くなっていることが原因。<長崎新聞>


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 うるう年というのは聞いたことがあるが、うるう秒とはなじみの薄い。
時間は絶対的な規則正しさを保っているように見えて、意外とちょこちょこ
誤魔化してるってことらしい。

 ちなみに関連した話題として、うるう年というモノも意外と複雑である。基本的に4年に一度、2月末に1日増えるだけだが、そのうち100の倍数となる年についてはうるう年にしないというルールがある。更にその中でも400の倍数となる年は例外の例外としてうるう年にするというルールがあり、その為2000年は400年ぶりに、100の倍数の年でうるう年になったのである。

 また太陰暦、いわゆる旧暦では閏月というモノがあった。ベースとなる1年の基本日数が短く、354日であった為、それを延々放っておくと季節がずれていってしまうためである。それを防ぐため、1年13ヶ月になる年が3年に一度置かれていた。8月が2回、とか、そういう感じである。


 そして今日は、そうやって複雑に張り巡らせた「うるう」の細部のさらなる微調整。
普段時間に区切られて生活している分、微調整とか言ってると一体どれが「本物の時間」なのか、パラドックスに悩むことになりそうだ。深く考えない方がよさそう。

 何はともあれ、いつもよりちょっと長めの元旦を、皆様ごゆっくりお過ごし下さい。
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# by taoyao | 2006-01-01 02:16

「コノヒトチカンデス!」の恐怖   

2005年 12月 30日

痴漢の疑いで誤認逮捕 茨城県警が男性に謝罪


 茨城県警は28日、痴漢行為をしたとして同県守谷市の男性(28)を
 県迷惑防止条例違反容疑で誤認逮捕し、15日間勾留(こうりゅう)したと発表した。
 被害者という女子高校生らの供述をもとに男性を6日に逮捕したが、
 アリバイが立証されて誤認逮捕が判明し、20日に釈放した。

 男性は1日午後4時20分ごろ(中略)痴漢行為をしたとして(中略)逮捕された。
 しかし、男性は容疑を一貫して否認。県警が男性のアリバイを捜査したところ、
 その時間帯には別の場所にいたことが20日に確認された。(以下略)(朝日新聞
)

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 「痴漢の真の被害者は男性である」…これは私がよく言う言葉である。
 女性に対する痴漢防止策が着々と図られる一方で、こういった男性の誤認逮捕に対する手立てが完全に疎かになっている。今現在痴漢行為は、被害者の親告のみによってその存否が断定されているという状況で、疑われた者が否定しても大抵信じてもらえない。

 そういう場合女性は触られたと、また男性は触っていないと、互いに自信を持って思っている。警察も人間だから、そういう相反する二つの証言が出た時、犯人が嘘をついていると自然に思い込む。被害者が(故意過失問わず)嘘をついているとは普通考えない。
 こうして、いくつもの痴漢冤罪が出来上がっていく。

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 述べてきたとおり、最大の問題点は被疑者側に反論の余地がないことである。満員電車で手が触れてしまったら即アウト、あるいは犯人を勘違いされて女性に「コノヒトデス!」とやられたら逃げ道無し。こうなってくると、痴漢を恐れているのは、女性だけじゃないことがお分かりだろう。

 例えばこれを読まれた方に女性がおられたら、想像して頂きたい。触られた感触を覚え、コイツだと思う手を掴んだら「俺は違う」と言う。あなたはこの言葉を信じるだろうか?
触られた!と思っておられれば、きっともう目の前の男は犯人にしか見えないだろう。でも、その男性が本当にやっていない可能性だってあるのだ。

 女性が指摘する「コノヒトチカンデス!」に怯えている男性は非常に多い。しかし守ってくれる力がないから、結局腕を組んだり、両手をつり革に預けるなど、寿司詰めの中で何とか「自己防衛」せざるを得なくなり、冤罪対策を放っておかれる男性の不満は募る。

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 女性の心得「男を見たら痴漢と思え」は、まあ致し方のないことだと思う。女性が見ず知らずの男性に対し抱く不安感、痴漢行為への恐怖感の大きさも大変分かる。しかしあまりに女性が過敏になると、負けないくらい男性が怯えるということを、世の中の女性には十分理解して頂きたい。いざ事が荒立った時、今のところ本当に救いの手がないのは、実は男性の方なのだということを。

 (色々と賛否両論渦巻いてはいるが)専用車両があれば極力それに乗る、痴漢行為と感じても安易な思い込みだけで手近な人を犯人と決めつけない、などといった、女性の姿勢を切に望む。痴漢に遭う不快感は察するに余りあるが、男性だってひとたび疑われたが最後、その勘違いで人生がズタズタになる。くれぐれも軽い判断で周りの人間を悪と決めつけることだけは、避けて頂きたい。
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# by taoyao | 2005-12-30 22:16

開設   

2005年 12月 29日

この度ブログ開設と相成りました。はじめましてtaoyaoと申します。
基本的には日々のニュースなどをネタに、所見を述べていく形をとりたいと思います。
どうも最近気になるニュース、一言言いたいニュースが多すぎるので。

というわけで、今日から唐突に始めさせて頂きますm(__)m

「プロジェクトX」終了 NHKの人気番組

 NHKの人気ドキュメンタリー番組「プロジェクトX」が28日夜、最終回を放送して終了した。同夜は、視聴者が番組をどう受け止めたかを振り返り、歌手の中島みゆきさんが出演し同番組のエンディング曲を歌った。(共同通信


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 プロジェクトXの主題歌を歌う中島みゆきさんは、私の好きな歌手の一人でもある。
今回はその中島さんも出演され、最後を飾ったということですが。


 戦後60年が経って、現代の日本は目覚ましいまでの技術革新を遂げた。
その陰には、沢山の努力と工夫とアイディアがあったことは言うまでもなく、
それを題材としたこの番組には私自身、感動や勇気など色々な感情を頂いた。


 どうしてこの番組が終わってしまったかと言えばそれは間違いなく、
取り上げたプロジェクトをいちいち「感動作品」に仕立て上げようとしたことが最大の理由と思われる。
 それは別に無理に劇的さを脚色したとかそういう演出的な話もあるのだが、私が想っているニュアンスとは若干違う。
実際世紀を揺るがす大発明でなくとも、全ての何かしらの取り組みには、あらゆる試行錯誤や
創意工夫が凝らされている。それ自体は、実は何も特別なものではない。
 例えば小さなお店での営業戦略一つをとっても、また料理屋で出すメニューの味付け一つに至るまで、そこには様々な「物語」がある。それを並べてみた時、まるで良く出来たドラマの脚本のようになっているだけのこと。

 私はある意味で、この番組は役割を果たし終えたとも思っている。
テレビに取り上げるそれを見なくても、そこらじゅうに実は感動秘話は転がっていて、働く人の数だけ「プロジェクトX」があるということに、みんなが気付き始めた。
自分の人生が最高のプロジェクトXだと、みんなが勇気を持てるようになった。 
 この番組が伝えたかった最大のテーマは、きっとそれだと思う。数々の偉大な方達のサクセスストーリーではないのだろう。

 これからは見た人が、自分だけのプロジェクトXを創り上げて行く番になった。
例えば特に受験生なんて、今頃火曜夜21時44分頃だ。一年かけたプロジェクトXも、クライマックスだ。
 一人一人の労働者、家事就労者、そして学生も、それぞれのプロジェクトXを作っていく。沢山の「地上の星」が、また輝いていくだろう。
 プロジェクトXという「プロジェクトX」は、私達に確実な何かを残して、エンディングテーマの時を迎えた、そう思うのである。
  
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# by taoyao | 2005-12-29 12:39