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民主党   

2006年 02月 28日

前原代表は残留のようです。
世間の風当たりはキツイみたいですが、私はこれで良かったと思いますね。
日本って、責任者のポストは辞職する為にあるっていう感じになっている。これはおかしい。
言っちゃ悪いが今回程度の事件で簡単に辞任されるようじゃあ、アンタ一党のトップという
ポストをナメてるんじゃないかという印象を抱かざるを得ない。

今の日本では部下の責任を引っ被るのが常識化しているので、騒動起こしても辞めないなんて
なかなかそうも言ってはいられないでしょうが、こういう体制になっては、いつまで経っても
本当のリーダーは育たない気がする。
なのにマスコミや政治家に煽られた結果国民までもが感化され、辞めることこそ美学だという
妙ちきりんな感覚を無意識に身につけてしまっている。

本当のリーダーは、与えられた職務の責任と犯した失態の責任を、正確に衡量出来る人だ。
そういう点で、今回の前原氏の決断には一定の評価を与えたい。
勿論本当の評価は、今後捲土重来を期する民主党の投手としての手綱捌き次第で、
高かれ低かれいずれの評価でも国民が下すだろう。
よりよい日本の為に、精一杯頑張ってもらいたい。
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by taoyao | 2006-02-28 00:00

そして特別記事   

2006年 02月 28日

人間博物館主宰・神山夜氏からの問いかけ「男性にとって女性は弱い存在なのか?」
これについて男性の視点から一度語らねばと思っていましたが、
簡単ながら今日書いてみることにします。
氏の詳しい主張や問題提起については、氏のサイトにあるとおり。

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なるほどテレビドラマなんかでも、女性を守る男性ってのはヒーロー然として描かれている、
間違いのない事実です。
ではそこに、男性との力関係という意識が存在しているのだろうか?
私としてはそれはNoだという風に感じています。

儒教だ仏教だと宗教論から掘り下げていくと、この多宗教国家ニッポンの歴史土壌では
底なし沼の底探しの如く延々と果ての見えぬ源流探しに没却する羽目になるので
あまりその辺については触れても不毛であるという気がするのです。
そこまでするまでもなく、コトは実は非常に単純じゃないかと思うのです。
要するに、LOVEなんじゃないかな、と。

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愛する者を守ろうとする、これは至極当然のことであります。
男性が女性を守ったと考えるから力関係を想起させてしまうのであって、
俺が相手を守るんだ、そう考えると非常にコトは単純明快、月9ドラマのように片が付きます。
つまりそれは、女性が男性を守るという構図でも良いわけです。

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私としての結論は実はそれっきりになるのですが、こんな詰まらない仕舞い方で筆を擱いては
夜氏にぶん殴られそうなのでw、もう少し話を進めてみます。

何故現に男性と女性との間に力量差のような印象が出来上がってしまったのか。
これについては色々と考えられるでしょう。勿論先述の、宗教理論からもアプローチが可能な
疑問であります。
ただ宗教面からの考察については夜氏が既に自サイトで取り上げていらっしゃるので、
私がとやかく蛇足を加えるのも野暮なので割愛ということに。
私は他の面からの考察を加えてみることに致します。

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益荒男と手弱女思想、というのがあります。
要するに男は力強く、女はか弱くと言うのを雅な日本語で表現したものです。
これらの日本語の正確な来歴や成立時期は分かりかねますが、
これらの日本語は単純に、男女の筋力差がモノを言った程度でしょう。
その筋力差が、「男が守る、女が守られる」という構図形成の原因の大きな一翼を担った
ことは事実でしょう。
ですが勿論、実際体力や筋肉で守れるモノばかりではありません。
人の心は、筋肉では守れませんからね。

更に…甚だ余談な上、深く考察・勉強したものではないのでいい加減なことを言えないけれど、
上記以外に守る守られるのイメージを植え付けた一種の原因に、通い婚制度が有ったとは
考えられないだろうか。
博学な夜氏なら通い婚制度はご存じと思われ、そんなわけで説明はまるっと省きますが、
つまり簡単に言えば女性は待つばかり、縁は男性の誠意次第というコトになっていた。
これは表面上女性優位の婚姻形態に見えて、実際は男が動かないと一歩も前に進めない
という二面性を持っています。つまり、働きかけがいつも男から。
この婚姻形態自体さほど広く普及した訳ではないですが、こういった上流階級の男女交際の
形態が、後に「男は女の為に」という思想になったとは言えないだろうか。
…いや、すみません。本当に蛇足な余談だ。

まああとしばしば言われているのは、女性は出産時に出血する→血はケガレ→女<男
という論理展開。意外と有力説らしいです。

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出産と言えば、古来より子供が引く血というのは男性(父親)の血であるという考え方でしたね。
家長が累代男性であるのが当たり前だった時代であれば、要するに「その家の血を継ぐ」という
ことでまあ致し方ない考え方とも言えますが、まあ今は「2人の子供」って印象ですから
この考え方自体は既にほとんど廃れています。
ちなみに天皇家が女系天皇問題で揺れたのは、皇室に未だこの考え方があるからでしょう。

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さて、これ以上長くなっても蛇足が増えに増えてムカデになるだけなのでそろそろ結論を。
要するに今どき女性をか弱い存在として考えるような男・女は、はなからモテません多分。
でもLOVEある限り、相手を守ってあげたいと思うのは当然のこと。
冒頭でも書いたとおり、そこを力関係ととるか、思いやりの優しさととるか。

男からすれば勿論、優しさの表れである場合の方が遙かに多い。
だから一男性として言えば、相手を気遣うたびに「女を下に見るな!」なんて言われたら、
「こいつとはやっていけねえ」って思ってしまうでしょうね。
恋心、愛情から来る優しさ、守り、いたわりってのは、決して女性を下に見ている訳じゃない。
だからそれさえ性区別だと頑なに拒む女性は、男性としても恋することが出来ません。

守る守られるというから力関係が想起させられてしまう。
男と女相互のいたわり合いに力関係の観念など存在しない。
男にあるのはLOVEだけ。そして女もきっと、LOVEを胸に抱いて男を守ろうとするのでしょう。



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夜様、こんなもので如何でしょうか。
期待された答えからはかなりピンぼけだろうという予想はしていますが、
浅慮家・楽天家の私としては他ならぬ本心の考えなのでどうにかご容赦頂きたい。
男性は貴方が思うほど、女性を下には見ていない…筈です。
守ってあげることは、必ずしも弱き者とは見ていないってことですよ。

つまり…
そしていつか誰かを愛し その人を守れる強さを
自分の力に 変えてゆけるように
(槇原敬之)


一時間で考えを書きたいように書いただけ、推敲や校正一切無し。
荒削りな文章ですが、これを一つ、そちらの問いかけに対するレスポンスと思って頂ければ。
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by taoyao | 2006-02-28 00:00

おしどり   

2006年 02月 27日

昨日は更新を休んでしまったtaoyaoです。
非常に疲れていました。

理由は、この子達を見に行っていたからです。

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撮影場所は、鳥取県西部にある根雨というところ。
日野川という川を跨ぐ鉄橋の下に小さな小屋を作り、人間の頭くらいの覗き窓を
いくつか作って、川の中州に羽を休めるオシドリ達を観察しよう!というものです。

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これは目一杯ズームして川の向こう岸を撮ったものですが、
鴨に混じってオシドリ達が居るのがお分かりでしょうか。

オシドリは鳥取県の県鳥に指定されていますが、県内で見られる場所は必ずしも
多くないのが現実です。
小屋の中でも大きな物音を立てたり、カメラを窓から突き出すことは御法度。
オシドリは敏感な鳥で、ちょっとでも怖がらせると…言わずもがな飛んでいってしまいます。

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前にいる鮮やかなのがオス、後ろにいる地味なのがメス。正真正銘のおしどり夫婦。
二匹の後ろにいる鴨は多分ストーカーです。


雨のせいで普段より川が増水していて中州が狭くなっており、
残念ながら沢山のオシドリ達が集まってくることはありませんでしたが、
それでも何枚かの綺麗なオシドリ達を写真に収められたので、個人的には満足です。
またいつか、今度は晴れ渡った時に訪れたいモノです。



では、その中からいくつかご紹介。

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和んでいただけましたでしょうか。
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by taoyao | 2006-02-27 00:00

登竜門   

2006年 02月 25日

帰省のバスに乗る途中大学からのバスが学生服で埋め尽くされているのを見て、
今年の受験シーズン本格到来を感じたtaoyaoですこんばんは。



私が入試を受けてからもう三年。
私がこの大学を受験したのは後期で、友人と一緒に受験しました。試験後学部棟の前に
二人並んで立って「四月にもう一度ここで逢おう」などと昭和の青春ドラマのような誓いを
二人演じたりしたのが昨日のことのように思い出されます。

学問も大事ですが、やっぱり大学生の4年間はいわば社会勉強。
親元を離れ一人で社会を生きていく。社会に出る為の、子供から大人への準備段階。
時にこれは不安に満ち、絶望感に苛まれ、孤独に心を蝕まれる。
身の回りには少なからず、社会の荒波に負けて心が風邪を引いてしまい、引きこもったり
不登校になったりしている友人も現に居ます。

いつまでも子供でいたいという心と、大人の世界に成長昇華していきたいという願望。
特に親元を離れる大学生は、その二つの相反する意識の葛藤に苦しむ4年間だと思います。
大人の世界はなかなか楽しいコトばかりではないけれど、身が痛もうとも必ずどこかで
「子供」の自分に別れを告げなければいけない時が来る。
どうか勇気を持って、甘えん坊の自分を「卒業」出来る4年間を送れるよう、受験生皆様の
健闘を心よりお祈りしています。



悲しい時には 町のはずれで
電信柱の 明かり見てた
七つの僕には 不思議だった
涙うかべて 見上げたら
虹のかけらが キラキラ光る
瞬きするたびに 形を変えて
夕闇にひとり 夢見るようで
しかられるまで たたずんでいた
ああ 僕はどうして 大人になるんだろう
ああ 僕はいつごろ 大人になるんだろう

目覚めた時は 窓に夕焼け
妙にさみしくて 目をこすってる
そうか僕は 陽ざしの中で
遊び疲れて 眠ってたのか
夢の中では 青い空を
自由に歩いて いたのだけれど
夢から覚めたら 飛べなくなって
夕焼け空が あんなに遠い
ああ 僕はどうして 大人になるんだろう
ああ 僕はいつごろ 大人になるんだろう


~『少年期』(武田鉄矢)


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by taoyao | 2006-02-25 00:00

帰省準備   

2006年 02月 23日

更新休み。
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by taoyao | 2006-02-23 00:00

メダルの価値?   

2006年 02月 22日

そりゃ世界で一位や二位や三位になることに価値はある。
だけど、じゃあ10位は価値がないのか?
世界で十指にはいるってことは、名誉ではないのか??

メダルや順位など、競技している選手自身が「向上心」として気にしているだけでいい。
私達観衆は、世界の檜舞台で堂々とトップレベルのパフォーマンスを見せてくれる
選手達を、順位抜きで心から応援して上げられないものだろうか。
その結果メダルが取れた時は、その時にそれを讃えれば良い。
テレビや新聞でメダルメダルと騒ぎ立てる必要性は、私は感じない。

今日のスケート、荒川選手と村主選手が共に自身最高の滑りだったが、
得点では荒川66、村主61と5点近い差がつき、テレビではそのネタに持ちきりだった。

私達は村主選手を、荒川選手を、安藤選手を見ているのか?
テレビで囃し立てる中居くん達の目に映っていたのは、村主でも荒川でもなく、
66と61という数字だけだったように見えた。マスコミがこんな状態ではいけない。
せめて私達だけでも、銀盤に舞う彼女達の勇姿を、ただその美しさという視点のみから
純粋に見とれられるような観衆でありたい、そう心から思う。
少なくともテレビの前の観客としては、そこに数字の評価は必要ない。

フリープログラム、三選手とも頑張れ。
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by taoyao | 2006-02-22 23:25

memento mori   

2006年 02月 20日

お葬式:カメラ付き携帯で最期の顔パチリ 困惑派・理解派

お葬式の際、亡くなった人の顔をカメラ付き携帯電話などで撮影する人が増えている。
葬儀関係者には「人の死を悼む気持ちが荒廃している」と感じる人がいる一方で、
「時代とともに葬儀も変わる」と受け入れる人もいる。

メディア社会論に詳しい評論家・武田徹さんは「対象を撮影し、他者とともに確認しなければ
“リアリティー”が感じられなくなっている。葬儀も焼香だけでは満足できず、
故人との確かなつながりを持ちたいとの思いから撮影するのだろう」と分析。
カメラ付き携帯などの普及で何でも撮影する風潮に加え、現代人の感覚や
死生観の変容という社会背景を要因に挙げている。
(毎日新聞)



これはきっとね、リアリティの問題じゃないと思うんです。
同じようにパチパチとあちこちで写真を撮りまくる身だから分かるのですが、
写真に求めているのはリアリティじゃない。写真としてずっと残さないと
リアリティが感じられないなんて、そこまで現代人はぶっ飛んではいません。

人の死を悲しむ心がいささか荒廃してきているのは事実かも知れない。
でもそれは例えば先日の中国人による園児殺害事件のような、命の存在その物を
見失っていることを意味している。
身近な大切な人の死を悼む気持ちまで、今の人々は忘れてしまってはいない。



勿論、死者の顔に携帯を向けるのは、数年前から見たらぶん殴られそうな光景です。
でもそこに死者を冒涜したり、軽薄短小な気持ちが存在しているだろうか?
私はNoだと思います。
大切な人の顔を覚えておきたい、いつまでもこの目に見える場所に留めておきたい…
そう思うのは、人間として普通の感覚だと思いますからね。

だから記事の中にある「時代と共に葬儀も変わる」というのは、深い位置で正鵠を射ている。
傍からの見た目が異常でも、その人なりの悲しみ、別れへの立ち向かいがある。
だからどんなに非常識に見えても、大切な人との最後の瞬間くらいは、その人なりの
悲しみ方を大切にしてあげて欲しいな、と思うのです。



私はさすがに棺の中の顔を写そうとは思いませんでしたが、祖母が亡くなった時に
一枚残しています。
突然の急逝で、独居だった祖母が前夜まで夕食作りに立っていたその家の台所が、
いわば祖母の生活そのままに残っていた。
通夜や葬儀が始まれば多少は片付けなければならなくなる、そうなればこの台所に残る
祖母の匂いや面影は消えてしまう。
その前にと思って、最期の「祖母の台所」を私は携帯に納めました。
その写真は二度と消さないよう、大切に携帯に仕舞ってあります。

写真を気軽に撮れるということは、人の死を軽んじさせてしまうのか?
忘れたくない人がいることと、儚いカタチに残せてしまう手段。
消えゆくモノを残せることは、人にとって利にもなり、害にもなる。
その人の面影を忘れないように留める故人の顔写真や風景写真は、きっと故人も
喜んでくれるだろう。
そして、人の顔をずっと手元に残すことでその人の死を心から忘れてしまえるような人は、
携帯の写真など撮っても撮らなくてもいずれ忘れてしまうだろう。

だからこれは、「リアリティの問題じゃない」と思うんです。



貴方が別れ行くその故人を想って携帯電話を向けるなら、私は何ら誹りを受けるべき
ものではないと思う。
それこそ葬儀が形だけのシキタリであるのと同じように、悲しみが紡ぐ人の行動そのものに、
外向きの善悪判断や道徳勘定は必要ない。
ただし、写真に残そうがビデオに残そうが、どう抗ってもいずれ永久の別れを
受け入れなければならない時は来る。
それだけは、ケータイなど時代の流れに関わらず、万古不変の真理として揺るぎなく
私達に突きつけられていることを忘れてはいけない。
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by taoyao | 2006-02-20 00:00

  

2006年 02月 19日

二日間サボりましたが、20日は更新します…たぶん。
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by taoyao | 2006-02-19 00:00

「国会」よいずこ   

2006年 02月 17日

両党が報復的な懲罰動議の出し合い。泥仕合の様相を呈してきた本件。
だが、忘れてはいけない。見過してはいけない本質がある。



今回のメールが真実かどうか、それは知りません。
本当な気もするし、そうでもない気もする。
自民党側が国政調査権に基づく入金記録を洗おうとしないのが怪しいと言えば怪しいが、
民主党が提出したメールの「シークレット」という字の「ー」が「-」、つまりマイナスに
なっているのはもっと不自然。
文章を打ち慣れた方ならお分かりの通り、単語中の長音符号がマイナスになっているのは
今時のパソコンで普通に打つ限り珍しい。
まして堀江社長ほどメールを打ち慣れた人間なら、これはなおのことです。

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…いやしかし、そんなことはどうでも良い。
そんなことよりなにかもどかしさを感じる。

今の国会は、一体何をしているだろう?



耐震偽造問題で小嶋や姉歯を呼んでは責任のなすり合いを野次りながら眺め、
ライブドア問題では議員に金をやっただのやらないだので論争し、
自民の議員が人を殴っただ民主の議員が蹴っただので泥仕合を演じ、
二言目には「小泉さんは責任とって辞めるべきです」。

私達は小泉をチクチクしてもらう為に国会議員に税金の給料を払っている訳ではない。
政治の手段を喧々囂々相談しつつ、より国民の生活を向上させるべく国の舵取りを決める、
それが国会の役割ではないのか。

なるほど第二第三の姉歯やライブドアを出さない為、国会の場で論じることは必要だろう。
だが、自民を政権から引きずり降ろすための叩きネタにしか使わないというのは、
どこか政治というモノを履き違えているのではないか。

党幹部の息子が金を貰っていたくらいで首相を辞めろというなら、民主党は国のトップという
その座の責任を一体何だと思っているのかと言いたい。
小さなことだとは言わないが、貰った貰ってないなんて、言っちゃ悪いが国民には
何の関係もない、ぶっちゃけどっちでもいいことである。

小泉さんに真に問われるべきは、幹部の不祥事などではない。
小泉個人や自民党の責任をどうこう言うのではなく、起こってしまった耐震偽造や大会社の
不祥事、二度とそれらと同じ事を起こさない為に小泉さんアナタどう考えているのですか
野党としてそれを問うていかなけれ意味が無いではないか。


追及すべき責任は、過去の責任ではなく未来の責任ではないのか。

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現に不安を抱えて過ごしている住民をよそに責任を拒み合う建築屋数名。
彼らは人間のカスである。
そして民主党議員は何をするかといえば、それをネタに小泉政権を叩いている。

実は、民主党がやっていることは、そのまま小嶋や姉歯と同じだ。
国民を放っておいて、政治家の責任ばかりを押しつけようとしている。



民主党は今一度考えて貰いたい。
貴方達が本当に国民の為の政治を志すなら、過去ではなく、これからの小泉の姿勢を
糺す方向性にその羅針盤の針を向けて欲しい。

野党とは、与党から政権の座を奪い取る目的で存在しているのではない。
与党よりも優れた政治方針を打ち出し、それで結果を出すことによって
国民の信頼を得てゆけば、自然と政権というモノはついてくるのだ。
それは民主に限らず、共産党や旧自民党抵抗勢力などにも言えることだ。
人のあら探しをするのが政治家の仕事だと、勘違いしてはいないか。

民主が今やっていることは、自民を追い出そうとする卑しい喧嘩に過ぎない。
だが宿命的に、政治を良くするカギはどの国どの時代でも、筆頭野党が握っているのだ。
野党がしっかりしなければ、国は良くなっていかない。
それを自覚して今一度、与党への向き合い方を考え直して貰いたい。
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by taoyao | 2006-02-17 00:00

リンク追加   

2006年 02月 16日

「暇なのでどんどんバイトのシフト入れて下さい」と係長に進言しておいたら
本当に際限無く山のようにバイトを入れられ9日連続勤務。
ヘタバりながらもその帰り足でレンタルビデオ屋に行き、金八先生のDVD
中島みゆきのアルバムを同時借りするという変人大学生っぷりを
遺憾なく発揮しているtaoyaoですこんにちは。
walker君が冬を満喫しているというのにこの差は何なんだ。



さて、本日新しいリンクを追加しました。
「他ブログリンク」欄の「人間博物館」というサイトです。
運営者の「神山夜」様は当方のリアル世界の小中高時代の同級生です。
人間が好きな人と嫌いな人、両方に読んで貰いたいなと思います。
是非一度お立ち寄り下さい。


他ブログへのリンクは「メモ帳」欄を使わないと出来ないということで、
「walker」様のブログと欄が分かれてしまい申し訳ありません夜様。
エキサイトブログ心が狭いですねえ。
画像容量上限も小さいし、ログが溜まる前に他のブログへ引っ越そうかなあ(割と真剣)
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by taoyao | 2006-02-16 00:00