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「コノヒトチカンデス!」の恐怖   

2005年 12月 30日

痴漢の疑いで誤認逮捕 茨城県警が男性に謝罪


 茨城県警は28日、痴漢行為をしたとして同県守谷市の男性(28)を
 県迷惑防止条例違反容疑で誤認逮捕し、15日間勾留(こうりゅう)したと発表した。
 被害者という女子高校生らの供述をもとに男性を6日に逮捕したが、
 アリバイが立証されて誤認逮捕が判明し、20日に釈放した。

 男性は1日午後4時20分ごろ(中略)痴漢行為をしたとして(中略)逮捕された。
 しかし、男性は容疑を一貫して否認。県警が男性のアリバイを捜査したところ、
 その時間帯には別の場所にいたことが20日に確認された。(以下略)(朝日新聞
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 「痴漢の真の被害者は男性である」…これは私がよく言う言葉である。
 女性に対する痴漢防止策が着々と図られる一方で、こういった男性の誤認逮捕に対する手立てが完全に疎かになっている。今現在痴漢行為は、被害者の親告のみによってその存否が断定されているという状況で、疑われた者が否定しても大抵信じてもらえない。

 そういう場合女性は触られたと、また男性は触っていないと、互いに自信を持って思っている。警察も人間だから、そういう相反する二つの証言が出た時、犯人が嘘をついていると自然に思い込む。被害者が(故意過失問わず)嘘をついているとは普通考えない。
 こうして、いくつもの痴漢冤罪が出来上がっていく。

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 述べてきたとおり、最大の問題点は被疑者側に反論の余地がないことである。満員電車で手が触れてしまったら即アウト、あるいは犯人を勘違いされて女性に「コノヒトデス!」とやられたら逃げ道無し。こうなってくると、痴漢を恐れているのは、女性だけじゃないことがお分かりだろう。

 例えばこれを読まれた方に女性がおられたら、想像して頂きたい。触られた感触を覚え、コイツだと思う手を掴んだら「俺は違う」と言う。あなたはこの言葉を信じるだろうか?
触られた!と思っておられれば、きっともう目の前の男は犯人にしか見えないだろう。でも、その男性が本当にやっていない可能性だってあるのだ。

 女性が指摘する「コノヒトチカンデス!」に怯えている男性は非常に多い。しかし守ってくれる力がないから、結局腕を組んだり、両手をつり革に預けるなど、寿司詰めの中で何とか「自己防衛」せざるを得なくなり、冤罪対策を放っておかれる男性の不満は募る。

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 女性の心得「男を見たら痴漢と思え」は、まあ致し方のないことだと思う。女性が見ず知らずの男性に対し抱く不安感、痴漢行為への恐怖感の大きさも大変分かる。しかしあまりに女性が過敏になると、負けないくらい男性が怯えるということを、世の中の女性には十分理解して頂きたい。いざ事が荒立った時、今のところ本当に救いの手がないのは、実は男性の方なのだということを。

 (色々と賛否両論渦巻いてはいるが)専用車両があれば極力それに乗る、痴漢行為と感じても安易な思い込みだけで手近な人を犯人と決めつけない、などといった、女性の姿勢を切に望む。痴漢に遭う不快感は察するに余りあるが、男性だってひとたび疑われたが最後、その勘違いで人生がズタズタになる。くれぐれも軽い判断で周りの人間を悪と決めつけることだけは、避けて頂きたい。
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by taoyao | 2005-12-30 22:16

開設   

2005年 12月 29日

この度ブログ開設と相成りました。はじめましてtaoyaoと申します。
基本的には日々のニュースなどをネタに、所見を述べていく形をとりたいと思います。
どうも最近気になるニュース、一言言いたいニュースが多すぎるので。

というわけで、今日から唐突に始めさせて頂きますm(__)m

「プロジェクトX」終了 NHKの人気番組

 NHKの人気ドキュメンタリー番組「プロジェクトX」が28日夜、最終回を放送して終了した。同夜は、視聴者が番組をどう受け止めたかを振り返り、歌手の中島みゆきさんが出演し同番組のエンディング曲を歌った。(共同通信


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 プロジェクトXの主題歌を歌う中島みゆきさんは、私の好きな歌手の一人でもある。
今回はその中島さんも出演され、最後を飾ったということですが。


 戦後60年が経って、現代の日本は目覚ましいまでの技術革新を遂げた。
その陰には、沢山の努力と工夫とアイディアがあったことは言うまでもなく、
それを題材としたこの番組には私自身、感動や勇気など色々な感情を頂いた。


 どうしてこの番組が終わってしまったかと言えばそれは間違いなく、
取り上げたプロジェクトをいちいち「感動作品」に仕立て上げようとしたことが最大の理由と思われる。
 それは別に無理に劇的さを脚色したとかそういう演出的な話もあるのだが、私が想っているニュアンスとは若干違う。
実際世紀を揺るがす大発明でなくとも、全ての何かしらの取り組みには、あらゆる試行錯誤や
創意工夫が凝らされている。それ自体は、実は何も特別なものではない。
 例えば小さなお店での営業戦略一つをとっても、また料理屋で出すメニューの味付け一つに至るまで、そこには様々な「物語」がある。それを並べてみた時、まるで良く出来たドラマの脚本のようになっているだけのこと。

 私はある意味で、この番組は役割を果たし終えたとも思っている。
テレビに取り上げるそれを見なくても、そこらじゅうに実は感動秘話は転がっていて、働く人の数だけ「プロジェクトX」があるということに、みんなが気付き始めた。
自分の人生が最高のプロジェクトXだと、みんなが勇気を持てるようになった。 
 この番組が伝えたかった最大のテーマは、きっとそれだと思う。数々の偉大な方達のサクセスストーリーではないのだろう。

 これからは見た人が、自分だけのプロジェクトXを創り上げて行く番になった。
例えば特に受験生なんて、今頃火曜夜21時44分頃だ。一年かけたプロジェクトXも、クライマックスだ。
 一人一人の労働者、家事就労者、そして学生も、それぞれのプロジェクトXを作っていく。沢山の「地上の星」が、また輝いていくだろう。
 プロジェクトXという「プロジェクトX」は、私達に確実な何かを残して、エンディングテーマの時を迎えた、そう思うのである。
  
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by taoyao | 2005-12-29 12:39