想い   

2008年 06月 02日

川田アナ「追い詰めた人間を告発する」と憤る父親の無念


 Yahoo!記事のコメントなどなど見ていると「何を偉そうに」だとか「死んだ人間についてこれ以上引っ掻き回すな」だとか「見苦しい」だとか色んな声が世間から飛んできてるみたいですが、とかく誰かを亡くした人の想いというのは、良識や世間体などの理屈を越えるものがあると思うのです。
 この事件に限らず、何かしらの事件などで遺族がとんでもない行動に出た時にブログなんぞで正論を突き付けることは当然簡単なのですが、それをする意味が本当にあるのかどうか。もっといえば、敢えてしないのがある種、ネット上でもどこでも暗黙のマナーではないかなあとか思います。
 近しい人を失えば、やり場の無くなる想いは確実に生まれます。それをあらぬ方向にさらけ出すのは見苦しい、みっともない、と言えば確かに正論なんですが、そういう正論を述べ上げることの意味を静かに考えてみると、無慈悲なことをしているなあと感づいてきます。その辺を気遣ってからコメントを作るようにすると、その記事を見る色んな人に対して等しく優しくなれるんじゃないかなあ――と、平和惚けしたことを思うわけです。
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by taoyao | 2008-06-02 00:00 | ニュース

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