memento mori   

2008年 05月 16日

<自殺意識調査>成人男女の2割「本気で考えた」 内閣府

 どの程度をもって「死にたいと考えた」と言うのかは、当然人それぞれな訳です。
 私だって死にたい等と思ったことはここ1ヶ月だけに区切ったって1回や2回じゃ利かないですし、ではそれが正真正銘の自殺衝動だったかと言えば首を傾げる。三途の川の向こうの日々に思い巡らせるだけで自殺願望というなら、それがこの国で2割ということはないでしょう。
 生きてりゃあ時々死にたくなる。光があるから影が出来るようなもんで、死というのは安寧・平静の真隣にあって当然の代物なのですよ。
 その意味では、こんな歯の浮くようなアンケートを内閣府がとってどうすんだよ、みたいな疑問は少なからずあります。あくまでも「その意味では」ですが。

 
 むしろ記事のもっと本質的なところで疑問を抱くなら
>一方、自殺を考えた時に「相談したことはない」人は60.4%に上り、一人で悩むケースが多い実態も浮かんだ
 この一節。
 ちょっとでも自殺の誘惑に触れたことのある人なら分かる事に、自殺というのは完全無欠の自己完結なのですよ。他の人にお悩み相談ができる状態なら、はなっから自殺なんざ考えてません。究極的に本物の自殺までアプローチしに行った人間は、もう他者の言葉なんて耳に入らんもんです。お国の偉い先生方の言うとおり相談相手を身近に作って自殺が減るかといえば、それは「自動車が時速20キロ制限だったら死亡事故が起きないよね」ってのと同じとしか言いようがない。
 自殺しようとする若者を、国家予算や法律案で守れるはずなど無いんですよ。
 
 自殺の魅惑から人を引き剥がそう、というスタンスをとっているから、お上の役人や教師達と自殺願望者の隔たりは埋まらんのです。結果として、死にゆく中高生のほとんどを救えません。
 救う、という考えが根本的に間違っているのだから、これは当然の事ですね。
 「死にたければ勝手に死ねばいい」という昨今流行の言い分をして"そんな考え方は冷淡だ"と評する現代の思潮が残り続ける限りは、本質的な自殺対策など絶対に出来ません。それが冷淡を意味していないんだってことに、誰がいつになったら気付きますか。
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by taoyao | 2008-05-16 23:02 | ニュース

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