日本的感覚との乖離   

2007年 06月 25日

<エホバの証人>15歳未満なら輸血 学会が信者治療指針案


エホバの商人というと個人的には創価学会以上に良い印象がないのですが、
まあそれは横に置いておいて。

こと宗教戒律については日本の定規ではどうしても測りにくい。
命を捨ててまでのドグマに何の意味があるのか? というのはじつに日本的な感覚で、
またそこに医療機関側がお節介を加えてくるのも、エホバの感覚には馴染まないものだろう。
何しろ医は仁術と尊ばれし風土だから、どこか単純に本人次第と切り捨てられない気持ちが
この国には常にくすぶっている。

幼い子供に関しては意思能力の尊重も当然大事で、言わずもがな一概に宗教戒律ばかりを
重んずるわけにはいかない。
ただ一方で、恐らく今後は、すべて本人次第であるという感覚が敷衍されてゆくように思う。
そういう意味で、医療機関は"産業化"の道を歩む。これは尊厳死問題にも繋がる話。
お節介という日本人の美的感覚が私は好きでもあるのだが、戒律と命を天秤に掛けたとき、
或る誰かの中で必ずしも命が重くなる訳ではない。
異端教派とて、それは外の人間が引っかき回せる要素ではないだろうと私は思っている。
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by taoyao | 2007-06-25 18:12 | ニュース

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