おひなさま   

2007年 03月 05日

私は男ですが、男のくせに雛人形が好きです。といっても残念ながら姉妹がおらず、実物との縁はありませんが。
元々は中学時代に読んだ内田康夫の推理小説か何かがきっかけだったような気がします。人形自体の歴史上の初出は江戸時代で、案外その歴史は浅いんですが、短い間にも様々な文化的変遷が凝縮されていて、研究してみるとなかなか面白いです。
興味のある方は、今度ぜひ語りましょう。

過去と現在では、雛祭りの意味も様変わりしました。娘の人形(ヒトガタ)を作り、それを代(しろ)に立てて節句に災厄を祓う――というのが本来の雛祭り。現代では用瀬などの流し雛なんかに名残が残るくらいですね。現在の家庭に鎮座しているのは身の代にするのも憚られる絢爛豪華な居佇まいになって、文字通り雛"飾り"と化しています。
それでも、結局、それもひっくるめてお雛様だと私は思っています。身代わりたる物が、いつしか豪奢な飾りをまとうようになって、それそのものが女の子にとって喜びになっただけ。お雛様の歴史はやっぱり、女の子の笑顔を守るための願いの歴史だと私は思う。
身代わりにして災厄を乗せるのも、煌びやかに飾った前でほくほくと女の子が笑うのも、どちらもお雛様にとっては本望のはずです。雛祭りは、女の子を幸せにするための行事ですからね。

確かに、金がかかる割に利の伴わない、無駄の多い行事に違いはありません。それでも、それが昔の日本の大らかさを支えていた"無駄"だった。
それこそが、私たちを心安らかに生かしてくれた幻想だったはず。

身も蓋も無い言い方をすれば、要は鰯の頭も信心から。人に迷惑をかけないことが大事なだけで、あとは宗教も民間信仰も幻想も、すべて同じ根に生えた木だと私は思う。さもなくば、形だけ似た物に愛娘の平穏を託すなんて懐の広い真似は出来ません。


男家庭で育ったゆえ現代で雛祭りがどの程度の立場にあるのかは知りませんが、願わくばお雛様を見捨てないでいてくれたらなあと思います。
弥生始めのほんの一瞬だけ飾る人形が、紛れもなく誰かの笑顔を守っている。幻想の国に生きる者として、その想いを忘れないでいたいなーと思います。


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というわけで、お久しぶりです。
前回の日記の直後にパソコンのHDDが壊れまして、しばらく不遇の生活を送っておりました。
というか送っております。
しばらく更新が滞ると思います すみません。
これもMixiからの転載だったりします。まったく。
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by taoyao | 2007-03-05 18:59 | 私心

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