沈黙は金、雄弁は銀(日本的な意味で)   

2007年 01月 16日


「♂A HAPPY NEW YEAR!!」と題されたエントリーのなかでOZMAは、

「そうか、あれが嫌だと思う人がいたんだね。みんなはどうだった?いや、正直に言うね。俺はまったく考えた事も無かったよ。もしもこれを見てる人でそう思った人がいたとしたら素直に謝るわ」

と謝罪した。
ただ、『低俗』『不謹慎』との批判については、

「『つまらない』とか『嫌い』とかならわかるけど、まさかそんなこと(『低俗』『不謹慎』など)言うなんて。勿論賛同だけを求めてなんかいないけど、その発想には驚いた。まぁ、そう言った人達は本当にかわいそうだけどね…。物事を一定の角度でしか見られないんだろうな…。自分がそんな感受性しか無い人間だったら、と思うとゾッとするもん」

と「批判への批判」とも取れる発言をしている。

 (記事より引用)




ブログの発達によって芸能記者の手を介すことなく、芸能人が直截にファンへ生の声を
届けられるようになった……果たして功か罪か。
あれが低俗だったかどうかと言われると、「そうは思わない」が私の率直な感想。
多少配慮に欠けた面はあったと思いますが、少々NHKや世間が目くじら立てすぎていると見る。
それを言えば去年のマケボノだって、演出としては相当際どかったですよ。笑いましたが。

さて今回の本人のコメントを見返すと、「価値観」を肯定しながら他者のそれを否定するってのは
さすがに無理を通しすぎで、ちょっと強情っ気が見え隠れしている風情が。
この人もう少しエンターテイナーとして熟成した人かと思ってましたが、案外頭悪い発言を
簡単に漏らしたというか、少々失望。
元々取り立てて目を掛けてたという訳でもないですが、嫌いでもなかっただけに残念です。
自他共に認めるほど思い切ったことしたからには、色んな人がいて、色んな見方がある、
くらいの度量は持ってほしかった。
別に謝らなくてもよかったけど、むしろそっち。

で、無責任なようですがこれ以上は蒸し返すこともないんじゃないですか。
ここから先当事者が口を挟めば挟むほどやぶへびというか、行くところまで行くと最悪
負け犬の遠吠えとまで取られかねない。もう取られてるかもしれない。
この後は批判も肯定もあるがままに靡かせておく方がいっそ清々しいです。

或いは逆を言えば、実は自信がないのか?
それも小悪党みたいでみっともないがなあ。

自分が正しいと信じてるなら尚更、その道を黙ってどうぞ。
嫌味でなく。


Excite OZMA問答
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by taoyao | 2007-01-16 00:00 | ニュース

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