学校に、エアバッグを   

2006年 10月 04日

私が小学生の頃は、よく「いじめは無くなると思いますか? はい いいえ」 なんて
アンケートを藁半紙のプリントでやらされたモノです。
いいえ に○なんか付けたら、それを翻すまで教室から帰してくれませんでしたね(笑



教育しなくてもイジメは起こるけど、教育しなければイジメが無くならない世界。
さすれば、後から後から生まれくる子供達の間でイジメが起こるというのは
自明の理です。根絶出来るというのは、所詮後天的なことを言っているに過ぎません。
それを放っておくことが教育問題なのであって、イジメそのものが教育問題という
訳ではない。つまり、先のアンケートは「いいえ」に○を付けたい。これが私の持論です。
何となれば、人間だって所詮本能の中に権力欲を持つ生き物です。

私はそんな観点から、今回の遺書握りつぶし問題を憂いの気持ちで考えています。
要は、学校って少々潔癖すぎる気がするんですね。
イジメの無い和気藹々とした学校……そういう理想像にばかり絆されて、
手を変え品を変え様々な策を弄しては、しかし止め処なく後から湧いてくるイジメの火種に
頭を悩ませる。いたちごっこと言うよりは、理想を追いすぎる故の自縄自縛と言った方が
むしろ正しいでしょうか。
そして終いには、イジメの現実から目を逸らしてしまう。

子供は多少遅れてでも、助けてもらえたら救われるんですよ。
少なくとも生きてる間に手を差し伸べてくれたら、死なずには済んだはずです。
なのに教育の施策は、もっぱらイジメをしない子供づくりにばかりベクトルが向く。
そしてイジメに後から対処する方策は被害生徒の親告に頼りっぱなし、
後は保健室の先生に恃みっぱなし。
衝突防止センサーが付いていて、エアバッグが付いてない車みたいなモンです。
予防安全にかまけて、事後対策が完全におざなりになっている。
真に大切なのは、エアバッグの方だと思うんですよ。イジメ問題というのは。



私も多少なりともイジメを経験しましたし(ま、それは上級生のかわいがりってヤツで)、
件のアンケートでも はい に○を付けてご都合を保ってきたモンでしたが、
あの頃と教育現場は少しも変わっていない。理想論が先走って、現実の問題と
乖離ばかりが進んでゆく。
イジメの発生を止めることは不可能です。人間の心は、生まれついて聖人みたいな
清廉潔白な粒ぞろいではない。
多少は穢いことを受け入れて、現実に根ざした教育を構成してゆく。それが何よりの、
真に「実になる」教育になるんじゃないですかね。

在り来たりな意見に終始しましたが、ひとまず我ながら現実主義者な自分らしい意見を
ちょこっとだけ提言させて頂きました。お目汚し失礼。
この学校で、イジメが起きたことに苦言を呈すつもりはありません。ただ、彼女が死ぬまで
何も出来なかった学校。これに遺憾を覚えるばかりです。
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by taoyao | 2006-10-04 22:13 | ニュース

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