体罰は必要。   

2006年 04月 30日

刑期終えた戸塚校長が会見「体罰は教育」



結論から言って、タイトルに有るとおりが私の考え。

怪我するほど殴れとは言わない。しかし拳骨もダメ、平手打ちもダメ、
机を叩くことさえ「示威行為」として禁止となっては、どうやって教えろというのか。
人権だ何だと難しいことを言っては、子供にとって都合の良い環境が大人によって
拵えられていく。だけど子供達は何にも知らない。
痛い目に遭わなくなるのを、そして「じんけんしんがい」という切り札を手に入れたことを、
ラッキーと喜ぶだけだ。

子供が受け取る「教え」の質を、大人の定規で測ろうとするからおかしくなる。
子供の人権を認めないではないが、言葉だけで理解出来るほど小学生とは
頭の良い生き物ではない。
それは、教育現場を作っていく大人達の方が、子供以上によく分かっている筈だ。
現代の多くの大人達は口々に言う、「叩かれて理解したことも沢山ある」と。

子供達が間違った教育を与えられないために、大人は子供の人権に眼を光らせるという。
そしてその結果生まれたのは、大人を舐めている子供達ばかり。
子供を高慢・尊大な人間にしてしまうくらいなら、「人権」の盾に守られた体罰排除など、
一体何の価値があるというのか。
社会に通用する躾を備えた人間の育成、その為に多少の体罰を使うということは、
本当に「人権侵害」といえるのだろうか?

ただ暴力だ許されないだと杓子定規に騒いでいる人には、もう一度、視点を変えてから
考え直して頂きたい。
本当に「子供を想う」教育とは、一体どういうものを指すのかということを。
教育とは今日を充足させる行為ではなく、遠い未来への準備行動なのだということを。




<附記>
ただし。私は戸塚校長を擁護する気も毛頭無い。
死なせるほどの体罰はどう考えても行きすぎだし、そんな事件を起こした上で
「体罰は教育」などと社会に発信するあたり教育者としての神経を疑う。
自分の発言が残された人に与える怒り・悲しみを酌んでやることが出来ない人間に、
どっちみちまともな教育が出来るとは思えないですね。

教育より教育信念を重視する教師に、ロクなのはいません。
教える相手より自分の方に目が行っちゃってるんですから。
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by taoyao | 2006-04-30 18:06 | ニュース

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